東京・アメ横(上野) since:1967(昭和42年)、旧:日生整体整骨院

03-3831-8854
NISSEI-SEITAI INFO.

本院の紹介
院長挨拶・本院情報・アクセス・ポリシー他

院長挨拶

代表

 昭和47年 22歳の私は日生整体の門下生となりました。昼間は整体の勉強、夜は大学に通いながら先代の故・北川公良先生から御指導頂いておりました。 北川先生はユーモアに溢れ大変話し上手な方でしたので、居合わせた患者さんもいつの間にか会話に引き込まれ各地の方言も飛び交って、治療室とはとても思えぬほどワイワイガヤガヤ。いつも笑い声に包まれていました。

治療に携わる46年の間、たくさんの良き御縁に恵まれました。

私が全てに於いて未熟だった頃にお会いした患者さんのSさん。当時、某病院整形外科の看護婦長をされていました。ある日、Sさんの息子さん(医学部に在学中)が夏休みを利用して日生整体に研修に来ることなったのです。約2ヶ月間毎日通い、見学だけでなく施術方法も熱心に学ばれていました。研修に来た理由を聞くと、「何科の医者になるにしても、世の中には日生さんの様な治療法があるのだから見てらっしゃい」とお母様(Sさん)に言われたのだそうです。 また、Sさんは私にこう仰いました。 「この技術はしっかり覚えなさいよ。他には無い、誰にでも出来るものじゃ無いんだから!」 私が治療家として真剣に向き合うきっかけとなった言葉です。

私が還暦を迎える頃、初めてお会いする88歳の男性Aさんがご来院されました。「40年前爺ちゃん先生にやって貰ったけどまた腰が痛くなったんだよ。あんた知らねぇなぁ〜、あんたで大丈夫かい?!」と粋な江戸弁で仰いました。「出来るだけやってみますね(^^;)」と笑顔で答え、やや緊張しつつも施術を開始。ひと通り終えて感想を伺ったところ、「おっ、今痛くねぇなぁ。北川先生と同じだったよ。また来るよ。」と嬉しいお言葉を頂き安堵したのを憶えています。 Aさんのお陰で「技術の継承」を改めて確認出来た事に大変感謝しています。その後 94歳まで何かあると直ぐにご来院下さいました。

治療させて頂いた患者さんおひとりおひとりのお姿を書き尽くす事は出来ませんが、皆様のお陰で今日の日生整体と私がございます。これまでのご縁と新たな出逢いを大切にしつつ、長年のご愛顧に心より御礼申し上げます。

一人でも多くの方が苦痛から解放され笑顔になれる、その様な治療院でありたいと願っております。

      令和元年 5月 1日

日生整体院院長・柔道整復師  村上 博   

上野本院情報

店舗名 日生整体院(旧・日生整体整骨院)
設立・年表 1967年(昭和42年):上野池の端で開業(故・北川先生)
1970年(昭和45年)現在のアメ横すずやビルに移転し
            「日生整体」として日生整体治療所を開設(故・北川先生)
1972年(昭和47年)現院長村上入門
1976年(昭和51年)呉竹学園、東京医療専門学校入学(村上)
1978年(昭和53年) 同 校    卒業
1978年(昭和53年)柔道整復師国家免許取得(村上)
1980年(昭和55年)日生整体治療院に名称変更
1996年(平成 8年)日生整体整骨院に名称変更
2017年(平成29年)日生整体院へ故・北川先生の意思を継ぎ名称変更(復する)致しました
所在地 〒110-0005
東京都台東区上野4ー6ー10すずやビル3階
TEL.03-3831-8854
アクセス ・JR御徒町駅徒歩3分
・日比谷線(東武伊勢崎線)「仲御徒町」下車、徒歩3〜4分
・大江戸線「上野御徒町駅」下車、徒歩3分
・銀座線「上野広小路駅」下車、徒歩3分
・千代田線「湯島駅」下車、徒歩10分
・京成線「上野駅」下車、徒歩5分
 ※アクセスマップは下記へ...
URL・MAIL https://www.seitaijp.org
mail: seitai@seitaijp.org

アクセスマップ

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日生整体のポリシー

先代:北川公良先生の教え

 1)患者さん・治療施術に対して「誠実」である事
 2)傷病・症状に対して治療施術は「的確」に行い、身体に「負担」をかけない様に留意する事
 3)身体バランスを整える様に全身施術治療を行う事
 4)一人ひとりの患者さんの辛さ、症状、病歴等に耳を傾け理解し、説明は難しい語を使用せず分かり易く、質問し易い対応に心がける事
 5)来た時よりも帰りには良方向になるよう施術にあたる事
 6)土・日・祝日は休まないように!(皆さんが休みの時に診てあげなさい!)との事
 7)治療施術・通院間隔・初診時に回数券を買わせる等の強要行為は絶対にしてはならない!

 この先代からの教えを40年以上守り継続しています。


 医療従事者として医療倫理・WHO(世界保険機構)にも注意・敬意を持って仕事にあたっています。
  ・「医療の倫理」昭和26年日本医師会
  ・ヘルシンキ宣言(世界医師会: 1964採択、1975・1983・1989修正)
  ・リスボン宣言(世界医師会: 1981採択、1995修正)等々.

個人情報の取扱いについて

内閣府の定める「個人情報保護」に基づき適正に行使し、患者さんのプライバシーを管理しています。
 ・個人情報保護(内閣府)http://www.caa.go.jp/seikatsu/kojin/index.html
 ・平成18年度個人情報の保護に関する法律施行状況の概要
 ・個人情報保護施策の今後の推進について(平成19年6月29日)
 ・本人からの同意を得なくても個人情報を提供できる場合
 ・個人情報の提供の場合は本人の同意、法令行使、(個人情報保護法23条1項2号)、(個人情報保護法23条1項3号)、(個人情報保護法23条1項4号)等によります

サイトセキュリティーについて

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日生整体小さなエピソード

北川先生と私〜奇妙な巡り合わせ〜

私が郁文館高校に在学中、代理教員としていらしていた岡 憲次郎先生が授業中にこんなお話をして下さいました。以前、岡先生が出席された京都の剣道会に整体術を教えに来た御老人がいたそうです。「世の中には不思議な事があるんだよ。普通の爺さんがそんなに力を入れるわけでもないのに、頚や腰をポキポキ鳴らすと身体が楽になるし腰痛が治るんだよ!これが本当に不思議なんだよ!」と身振り手振りを交えその時の様子を説明してくださいましたが、整体になど全く興味のなかった私は「ふ〜ん」と大して気にも留めずこの話はすっかり忘れていました。あの時までは...。

数年後、日生整体の門下生になったある日のこと、北川先生と親交のある宮田氏(居合道の先生)が京都で整体講習会を企画されていました。この時、剣道会の繋がりで宮田氏と岡先生が親しい間柄だった事を知りビックリ!この時にハッと岡先生の話を思い出しました。えっ⁈ ひょっとして…「整体術の爺さんは北川先生⁈」驚愕の事実が判明 ‼︎ こんな偶然があるものかと心底驚きました。

それから更に十数年後、岡先生が治療院にいらして北川先生と再会し「間違いない。あの時の爺さんだ」と私に小声で教えて下さいました。 又、「あの村上が整体を継いでやってるとは驚きだよ!良いものを覚えたな。頑張ってやんなさいよ。」と大変喜んで下さり学長をされていた国際武道大学の先生方を大勢ご紹介下さいました。

「縁」とは不可思議なものですね。出逢い一つにしても数えきれない無数の事柄が幾重にも重なりあって成り立っている。何か一つ欠けてもこの出逢いは存在しなかったかもしれません。今日起きた小さな出来事がこの先5年、10年後に巡りめぐってどのように繋がってゆくのか楽しみです。

代表 岡 憲次郎 先生(1927-2007): 昭和2年1月3日、東京都生まれ。昭和14年郁文館中学校入学、青木秀男、森田常三郎両師範に指導を受ける。昭和16年4月皇道義会に入門、昭和20年東京高等師範学校に入学。戦後は昭和27年より母校郁文館高校で教鞭をとるかたわら、高体連で湯野正憲範士に師事する。全国高体連剣道副部長、警察大学教授、国際武道大学学長を歴任。第4回明治村剣道大会優勝。全日本剣道連盟審議員。昭和50年剣道八段、同58年剣道範士。(写真は1969年の郁文館80年史より)

2019.05.06   

初代:故・北川先生の備忘録

北川先生02

北川公良先生(明治23年~平成2年永眠)は40代の頃から人体の研究を始め、当時 学校等も無く独学と日本全国自分の足で探し施術を体験し日生整体の原型を造ったとおっしゃっていました。
そして昭和42年上野池の端で治療室を開業、3年後に現在のアメ横すずやビルに移転し「日生整体治療所」として次のような主旨の基に開院されました。

『神経・血液伝導が正常に行なわれる正しい脊柱骨格が健康を意味し、神経・血管に圧迫のある不正な脊柱骨格は不健康・疾病につながる』つまり神経活動と体液循環の源となる脊柱を復元せしめる(背骨のズレを治す)脊椎矯正療法=整体=日生整体術法は治病健康の原則に立った根本療法であるといえます。 (明治生まれの方なので文がちょっと固いですが......)

北川先生02

北川先生は京都宇治の出身で体格も良く、冗談混じりのお話好きで、口癖が「大丈夫!すぐ治るよ!」でこれが患者さんの励みになっていました。又、持病も無く素晴らしくお元気な方でした。
日々食事・熱い/冷たい飲み物は控え・健康食品をよく食していらっしゃいました。又、温泉が大・大好きで毎週必ず東へ西へそそくさと出かけ交友を深めてておられました。(後日温泉で知り合った患者さんがよく尋ねていらっしゃいました。
特に年寄り臭さを感じさせたくなくて、おしゃれに気を使い、帽子をかぶり、床屋は2週間ごとに、靴はピカピカ、装身具も立派でした。(悪趣味ではない程度に...)

整体教授は「技術は盗み見て覚えろ!」の昔ながらのガンコ精神で苦労しました。83歳になっても現役でしっかり治療をなさっていたのには驚いていますし、是非年齢を超えたい!と思っています。

北川先生の交友録

 加藤 港 氏(整体師師範)

加藤先生 師範免許状

*ご近所の上野桜木で「整体道場」を開かれていた「故:加藤 港 先生」と長く親しく整体技術もよく似ていたので、切磋琢磨し合った仲とお聞きしています。お互いに師範免許状を交わしていたものが現存していました(昭和37年当時)。かつて加藤先生に習った宮崎県都城在住のおじいちゃん先生が取持つ縁で整体塾入門した弟子は今もたまに本院に通って来ます。

皆伝書

現在私のところに『師範・加藤港 著「整体技法皆伝書(全)」整体道場』がありますが、内容的に共通の手技もありますので北川先生と話があったのでしょう、一度お会いしたかったです。(写真は加藤先生の施術している図と整体技法皆伝書〜昭和30年1月15日初版)

 浪越 徳治郎 氏(指圧師)

浪越先生

*日生整体の門下生が浪越指圧学校を卒業し、国家試験を取得していた経緯で故:浪越徳治郎先生(右写真の銅像)とも親しかったようで、「徳さん」と呼んでいた仲だったそうです。この頃浪越先生はテレビ番組にもご出演され皆に愛されるキャラクターだったのを覚えています。
昭和58年に開院された「高須整体治療院」高須恵男先生のお父様は指圧学校で直に浪越先生直々の授業を受けたそうです。※高須恵男先生(浪越指圧学校卒業後に日生整体の門下生となりました)は現在も整体診療なさっています。(〒123-0841 東京都足立区西新井4丁目14-4 TEL:03-3890-8947 木曜定休)

 山本 安英 氏(女優)

山本安英さん

*往年の舞台女優「夕鶴」で有名な「故:山本安英」さんとも治療を通じて親しい友人で、時折夕鶴観劇に出かけていました。
私も患者さんとして来院された時に一度だけ治療させて頂きましたが、日常は質素で礼儀正しく言葉が奇麗でお年を感じさせないとても素敵な方だなと記憶しています。(夕鶴ポスターは玉名市(木下順二展)からお借りしました)

 鷹見 芝香 氏(書道教育家)

鷹見先生

*日本のペン習字の元を作り、旧文京区曙町に明星書塾、明星幼稚園を開かれていた「故:鷹見芝香 先生」です。私は一度もお会いした事がありませんが、縁でしょうか、偶然にも私の母が茨城県の女学校時代(茨城県古河市)鷹見先生に教授頂いたそうで大変懐かしいと言っておりました。
現在も鷹見先生のご紹介からなる書道関係の方々が今でも当院に通われていますのも深い縁を感じます。 (本名:鷹見乙女 、昭和61年11月29日卒(享年88歳)
大変貴重な「文京明星幼稚園」時代のお写真を髙橋様(鷹見先生とご一緒にお仕事なさっていました)よりご提供して頂きました。

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